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Null(ヌル)=そこに値がなにもないこと。何ら意味を持つ文字ではないことを示す特殊な文字。ここは"0"ですらない半端なものばかり。
Posted by - 2025.08.16,Sat
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Posted by ino(いの) - 2008.09.17,Wed

我が心の友ミントちゃんと心の兄タロン兄さんに捧げます。


事のはじめは、カトルの好奇心からだった。


『なんてステキなんだろう。JAP地区では3月3日は女の子の日なんだね!』





カトルの好奇心は留まる事を知らないと言っても過言ではないだろう。
ついでに付け加えれば、興味の湧いた対象に対する行動力も留まる事を知らない。
そんな彼に対して、周りの者達も「またいつもの好奇心だけだろう、すぐに飽きるに違いない」とたかをくくっていたのだ。
しかし、結局それはアンコどっさりで胸焼けしそうな甘さの大福や、シロップたっぷりの激甘みつまめよりも、さらに甘い考えだったと後悔する事になった。





3月3日。
ヒイロをはじめ、デュオ、トロワ、五飛、さらにミリアルドまでもが、JAP地区にあるウィナー家の別荘に呼び出され集合していた。
しかも、謀ったように5人とも今日はオフの日だった。
通された居間で、難しい顔つきの5人が顔をそろえた。
全員が揃うというのは数ヶ月振りだろうか?
「何で俺達は貴重な休暇を潰して、こんなところに全員集合してるんだろうなぁ…。なぁ、ヒイロ」
マグアナック隊たちが用意してくれた紅茶とマフィンを口いっぱいに頬張りながら、デュオは隣に座っているヒイロを見る。
ヒイロは、相変わらず無表情でソファにすわり、出された紅茶を飲んでいる。
「どうせ、カトルの気まぐれだ。今に始まった事じゃない」
「そうだな。カトルも日ごろのストレスがそろそろたまってきている頃だ。ストレス発散に付きやってやるのもいいだろう…」
「………またストレス発散ですかい…」
飄々としたヒイロとトロワの言葉に、またか…とデュオはため息をついた。
カトルの日常が自分達よりもずば抜けて過密でオーバーワークなうえ、ストレスの溜まる仕事内容のスケジュールだというのは分かる。
溜まるストレスも尋常な量じゃないだろう。
それは、5人にも理解できない事はない。
しかし問題は、そのたまったストレスの発散方法。
一般市民のストレス解消法と言えば、運動するだとか、ショッピングだとか、美味しいものを食べるだとか、とことん時間の許す限り寝る!だとか、そんなあたりさわりのない範囲なのだが、カトルの場合はその一般的な常識が彼のストレス発散の趣向に当てはまる事がないようだ。
「今日は一体どんなんだろうな…」
デュオの呟きに、げんなりと他の4人も頷いた。





「やぁ、みんな。わざわざここまで来てくれてありがとう!嬉しいよ」
しばらくして、ようやく仕事にひと段落つけることができたのだろう。
嬉々とした表情のカトルが居間に入ってきた。
その穏やかなエンジェルスマイルのうらに、クセのある強烈な性格が隠されているとは誰が思うだろうか。
「みんなは、今日3月3日が何の日か知ってる?」
ラシードが注いでくれた紅茶のカップを片手に、カトルは話を切り出した。
「…何の日?」
皆の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「耳の日って聞いた事はあるなぁ」
デュオが答える。
「なるほど、3を耳の形に見て『耳の日』とは考えたな…」
とトロワ。
「どこかの馬鹿共が山火事でも起こしたか?」
五飛は彼らしい答え。
「……リリーナの誕生日は1ヶ月ほど先だが…」
と、相変わらず兄バカ振りを見せつけてくれるミリアルド。
ただ、ヒイロだけが無言でカップの紅茶をすすっている。
「やだなぁ、みんな。楽しい行事だよ、行事。せっかくJAP地区に来たっていうのに」
アハハとカトルは笑う。
やはり、な…とヒイロは小さくため息をついた。
大きなため息をもう一つ、そして
「…………端午の節句…ひな祭り…」
と、呟いた。
「ピンポーン!!大正解、ヒイロ。やっぱりヒイロは知ってるんだよねー。嬉しいなぁ!」
カトルの笑顔がいつも以上に、輝いて見えるのは気のせいか?
「ひな…祭り?なんじゃそりゃ、なんかのフェスティバルか?」
デュオのどこか的を射ているようで外れている言葉。
「ふふふ、お祭りと言えばお祭りだね。今日はね、JAP地区では今日を『女の子の日』としてね、女の子の成長を盛大にお祝いする日なんだって」
何かをたくらんでいるときのカトルの笑顔。
5人は背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
「そうなのか?ヒイロ」
「少し違うような気もするが、あながち外れてはないだろう…」
念の為に確認するトロワと、考え込むヒイロ。
そんな二人を横目に、カトルは続ける。
「それでさ、僕としてはね、せっかくの日なんだし、今日はリリーナさんも休暇だって言うんでここに招待してるんだ。ちょうどドロシー達も皆さん遠いところから招待させてもらったし…、と言う事で、ひな祭りしてリリーナさんたち女性を祝ってあげたいなぁって思うんだよね」
すでに、女性陣に対しては手を回していたらしい。
通りで、先日彼女達が揃って「休暇を取る」「出かける」と言っていたということに合点が付いた。
相変わらず、恐ろしい奴だ…。
その場にいた者全員が、そんな事をうっすらと思っていたりするのだが、あえて口にするものは居なかった。
げに恐ろしきかな、ウィナー家のやり手な跡取り息子!
「くだらん!そんな事のために貴重な休暇を潰されてたまるか!!」
案の定、五飛は憤りを口にして立ちあがった。
どこからどう見ても、周りから「硬派な奴だな」といわれている彼にしてみれば、女の子を祝うなどやっていられないのだろう。
しかも、彼はプリベンター常勤職員であるので、他のものよりも休暇の数が少ない。
貴重な休暇は休暇として、しっかりと堪能したいと、その目はありありと語っていた。
しかし、五飛はある点を考慮する事を忘れていた。
そう、カトルを敵に回すという事で背負うリスクを。
「いいのかなぁー、五飛。ヒイロとミリアルドさんにあの事含めて、ある事ない事バラすよー」
「うっ…………」
どうやら、話の様子からしてリリーナがらみの事らしい。
個人的に興味はあったが、ここは下手に口を出さないほうが良いと判断したのか、ヒイロとミリアルドは五飛をじっと見るだけにしておいた。
いずれ吐かせよう、手段を選ばず。
二人のその目はありありとそう語っていた。
五飛は小さな呻きをもらすと、何も言わずに座りなおしす。
「まぁまぁ、楽しそうじゃんか。な、五飛」
「きさまと一緒にするな!」
とりなそうとしたデュオと、八つ当たりのように怒鳴る五飛。
「まぁ、そう怒るなよー、やってみたら案外楽しいかもしれないだろー」
「俺はおまえのようには思考が働かん!!」
そのまま、五飛はデュオに飛びかかり八つ当たりのコブラツイストをかける。
「グエーっ!!ウーさん苦しい!!ロープ!ロープ!」
「ワン・ツー・スリー…」
何気に参加してカウントをとっているトロワがまたなんとも言えない…。
そんな3人を横目にヒイロはため息をついている。
「で、カトルは何をかんがえているのだ?」
そして気をとりなおして、とミリアルド。
「ふふふふふ…、それはね…」
カトルの笑みに、全員が後悔した。
来るんじゃなかった…。









はてさて、一方男性陣には内緒で呼び出されていた女性達は。
「わたくし、着物は初めて着ますの。おかしくないかしら…」
「さすがリリーナ様。とってもよくお似合いですわ!」
「うーん、この着物って思ったよりも重いのね…」
「動きにくいからサーカスの衣装には向いてないわね…、こんなに華やかで綺麗な衣装なのに」
「しかし、よくこんなにたくさんの衣装、用意できたわね」
「カトルならやりかねないな」
「レディ、わたくしの姿はおかしくないですか?」
「ええ。立派なレディに見えますよ」
「しかし、呼び出されてきてみれば…」
他の部屋ではすでにカトルに事情を説明され、やる気マンマンなドロシー嬢にさらに口説き落とされ、ウィナー家の用意した衣装に身を包んだリリーナ、ヒルデ、キャスリン、サリィ、レディ・アン、ノイン、そして幼いマリーメイアの姿があった。
レディ・アン、ノイン、ヒルデの身に付けている衣装は紛れもなく男性用二重だったが、なかなか様になっている。
この光景は傍から見れば、どう見ても雛飾り人間版のように見えて仕方がない。
何はともあれ、女性陣はめったに味わえないこのイベントを楽しんでいるようだった。









さらに、その頃の男性陣はどうなっているのかといいますと…。
「おい、なーんかヒイロの衣装、俺達のより派手じゃないか?!」
ごもっとも。
デュオとヒイロの衣装は明らかに違う。
「俺が知るか。文句はカトルに言え」
重そうな幾重もの羽織を重ね、その手に勺を持つヒイロの姿は、それなりに様になっていた。
デュオは……どう見ても、長いおさげの『つつみ太鼓を持った五人ばやしその1』のようだ。
「やだなぁ、デュオ。ヒイロにはそれが似合ってるんだって。大丈夫、君もよく似合ってるよ」
「そうかぁー、いやぁ、いい男ってのは何着ても似合うっていうしなぁー」
実におだてに乗せ易い。
「カトル。これは一体なんの衣装なのだ?」
「動きにくい。これでは何かあった時に迅速な行動ができないではないか!」
「カトル…わたしは酒を飲めと言われたのだが…」
横笛を持つトロワに、なぜか青龍刀を持った五飛。
そして、オプションの弓を背中に背負うミリアルド。
「これは、ひな祭りに関係する衣装なんだよ。みんなでこれ着て、記念写真撮ろうよ!」
「証拠写真の間違いじゃねえのか…」
「デュオ、重箱の隅をつつくような細かい事気にしてたらハゲるよ」
悪気があるのか、ないのか、よくわからないカトルの突っ込みに、文句を言いたげな五飛。
「カトル、おまえは着替えないのか?」
トロワの質問に、カトルはニヤリと笑って答えた。
「うん。僕はもう満足するほど着たからね」
実は、先日、実験と称してマグアナック隊を使って同じことをしたのだ。
そんな事はしらないトロワ。
しかし、何かを察したのだろう、「そうか…」と納得してあとは何も言わない。いや、この場合、なにを言ってもしょうがないと悟っているのだろう。
「みんな、着替え終わったね。じゃぁ、はじめようか!」
本当の騒ぎはこれからだと、その場の者たちは思いもしなかった。











「やぁ、さすが皆さん。お美しいですね」
部屋に入ってきたカトルはにっこりとエンジェルスマイルを浮かべる。
「カトル・ラバーバ・ウィナー、こちらの準備はOKですわ。早速計画をはじめましょう」
どうやらドロシーはうずうずしていたらしい。
「まぁまぁ、ドロシー。そんなにあせらないで。僕達も準備は出来たから、はじめようか」
ドロシーとカトルはどうやらグルだったようだ。
それはそうだ。
カトルは溜まりに溜まったストレス発散のために。
ドロシーは「リリーナ様のステキな衣装とお姿を拝まなくては!」という野望のために。
多分、二人の利害は一致したのだろう。
「僕達?」
カトルの言葉に、リリーナが首をかしげる。
「あれ、ドロシー、リリーナさんに言ってなかったの?ヒイロ達も来てるんですよ。もちろん、一緒にお祝いしようって誘ったら喜んで手伝ってくれるって」
「やりますわね。カトル・ラバーバ・ウィナー」
ドロシーはさておき、他の者達は思った。

絶対、何かでおどしたな…。

当たっているといえば当たっているだろうか。
それはさておき。
「じゃぁ、皆さん、ホールに行きましょうか?」
世にも楽しい、『ひな祭りパーティーinウィナー家』騒動はこうして幕を開いたのである。









ホールに集合した皆を待ち構えていたのは、総勢40名のマグアナック隊が黄色と黒のヘルメットをかぶり、道路工事のおじさん真っ青な格好で、ひな壇の足場を組んでいるところだった。
「これは、一体…」
怒号と掛け声の交差するなか、あっけにとられたリリーナの呟き。
「どうだい?ラシード、進行状況は」
カトルは、いかにも地下足袋、腹巻、ボンタン姿の工事現場のおじさんが一番よく似合っている人物に声かけた。
「ああ、カトル様」
「ラシードさん?!」
驚く女性陣に、照れ笑いを浮かべるラシード。
「他の方にも驚かれました。そんなに変ですか?」
いや、逆に「とてもよく似合っている」と言いたいのに、なんだか言えない。
それが、女性陣の共通した感想だった。
「あーっ!なんでヒルデがここにいるんだよー?!」
デュオの間の抜けた声が向こうから聞こえてきた。
声のしたほうに目をやるとそこにはこちらを指差しているデュオをはじめ、男性陣が勢ぞろい。
「やだなぁ、デュオ。皆さんお呼びしているって言ったじゃない」
ご丁寧にカトルが答えてくれる。
「そうなの。カトル君に招待状貰っちゃって…」
「なにー!?」
デュオの叫びの意味はこれいかに?
「どうやら、キャスリンも来ているようだな…」
「ピンポーン!心配しなくても、ちゃんとお呼びしてるよー」
「黙っててごめんね、トロワ。カトル君に黙っていてほしいって言われてて」
「…………………そうか」
トロワの長な沈黙のあとの一言は、なにを物語っているのだろう…。
「きゃーん、五飛、かわいいー!!」
「だ、だから、俺はいやだったんだ!」
黄色い声のサリィと、真っ赤になって叫ぶ七五三よろしくの五飛。
五飛も迷惑そうに…。
と、いう当の本人達とカトル以外の者達以外の感想は口にされる事は無かった。
こうなったら後の祭だろう。
「それじゃ、立ち位置と場所は僕とドロシーで指定するからね。みんなは僕達が言った通りに移動してくれるかなぁ」
どうやら、後ろで作業していた、マグアナック隊の作業も終わったらしい。
とび職よろしくひょいひょいと、資材を担いでアウダとアブドルが腕を○の形に掲げてホールを出て行くところだった。
「ジャジャーン!配役の発表でーす。僕がドロシーと徹夜で考えたんだー。我ながらナイス配置だと思うんだよねー」
「配役?配置?」
カトルのポケットから出てきた一枚の紙。
ドロシーがそれをすばやく奪い取ると、嬉々として声を上げる。
「まずはリリーナ様ですわ。リリーナ様は『お雛様』ですの。一番上の右側ですわ!」
「ヒイロ、リリーナさんをそこまでつれていってあげて。あ、戻ってこなくていいよ。君は、その横の席で『お内裏様』やってもらうからさ」
少しだけ、目付きの険しくなったドロシーの横で、カトルが慌てて付け加える。
「了解した」
これだけ目付きの悪いお内裏様もそうは居まい。(笑)
ヒイロは、動きにくい上に重たい衣装をものともせず、軽々とリリーナを抱き上げ、指定された場所に上る。
確かに、一段の高さが人ひとりの身長ほどあるのだから、リリーナひとりでは上れない。
「それから、上から二段目に『三人官女』でキャスリンさん、サリィさん、マリーメイアちゃん」
カトルの説明に、三人は頷く。
ご丁寧に、二段目までは階段がつけてあった。
だったら一番上にもつけろよ…。
一番上の段にいたヒイロはそんなことを考えていた。
そんなヒイロの思考に気付いてないのか、気が付いているのに知らないふりをしているだけなのか、カトルはヒイロにむかって手を振ってみせる。
「『五人ばやし』は、デュオ、トロワ、五飛、ヒルデさんと、レディさんです。三段目に…あ、小道具わすれないでね!」
五人ばやしの小道具…。
デュオはなぜかスネアドラム。
トロワはフルート。
五飛は銅鑼。
ヒルデはバクパイプ。
左手で頭を抱えているレディ女史は、その手にエレキ・ギターだった。
「カトル…、ちょっとこれは違うような気がするが…」
「気のせい、気のせい!このほうが面白いでしょ」
レディ女史の問いかけに、カラカラと笑って答えるカトル。
以外と細かいところにはこだわらない主義らしい。
いや、面白いならそれでいいと思っている、に撤回しよう。
五人ばやしの段は、そこだけ異様な時代錯誤・異文化ごっちゃ混ぜの一段になってしまっていた。
「さて、ミリアルドさんと、ノインさんは、一番下の段です。右側にミリアルドさん『右大臣』です。そして、左側の『左大臣』がノインさん。あ、そうだミリアルドさんは渡したそのお酒、いっきに飲んじゃってください。『右大臣』は赤い顔してなきゃいけないんです」
「そういうものなのか?」
指定の場所についたミリアルドは疑いなく渡されていた酒ビンを口にし、一気にあおった。
日本名酒『おにごろし』、酒瓶の中身はそれだった。
しかも、辛口。
アルコール度数のこのきつい酒を一気に飲んだ彼が、どうなったのか、それはご想像にお任せしよう。
『おにごろし』を一度飲んでみた人には分かるであろう。
あれは一気にあおるもんではない。
「ゼ、ゼクス!!」
ノインの叫びむなしく、急性アルコール中毒になりはしなかったが、古の歌のとおり、『赤いお顔の右大臣』となってしまい思考が真っ白、ふらふらになりひっくりかえったミリアルドであった。
そこが、カトルの狙い目だった、といえばカトルの性格がうかがえる。
厄介なやかましどころは面倒がおこるまえに、早いところ黙らせるに限る。











「フン、ヒイロ・ユイがリリーナ様のお隣に居ると言うのは気に入りませんが、リリーナ様の麗しいお姿が見られただけでも良しとしますわ…」
カメラを片手に、ドロシーはぼやく。
「まあまあ、ドロシー。そう言わないで、せっかくのお祝いの日なんだから」
カトルはラシードに大掛かりな撮影機材を持ってこさせ、撮影の準備に余念がない。
「えーと、ヒイロ、そっぽ向かないで前向いて。デュオッ!飾りの雛あられ、つまみ食いしないでよ!それから、五飛、銅鑼のバチが何で青龍刀なんだい?ふざけないでよー」
いっぱしのカメラマン顔負けの指示をカトルは飛ばして行く。
逆らうと後が怖いということで、皆それにしたがって動く。
「ノインさーん。ミリアルドさん、大丈夫ですか?」
「多分…」
もはや思考能力が飛んでしまっているミリアルドはただぼんやりと突っ立っているだけである。
元ホワイトファング司令官もこうなってはかたなしだ。
「うーん、ダメだよヒイロ。衣装が着崩れてるじゃないかー」
ほんの少しの着崩れを目ざとく見つけたカトルは、すばやくヒイロの居る段に上った。
「ほら、君も主役級なんだからさ」
「カトル、聞きたい事がある」
「何?」
すばやく着崩れをなおしていくカトルに、ヒイロは小声で耳打ちした。
「おまえ、雛飾りがどんな意味を持っているのか知っているのか?」
それに対し、カトルは
「知ってるよ。早く片付けないとお嫁に行き遅れちゃうってやつでしょ」
ご丁寧に、小声で返して行く。
「いや、そうじゃなくて……」
ヒイロが訂正しようとしたとき、下からドロシーの呼び声がする。
「カトル・ラバーバ・ウィナー、早く撮影してしまいましょう!!」
「分かったよ、ドロシー。すぐ行く」
「お、おい、カトル…」
慌てるヒイロをそこそこに、カトルはさっさと下に下りて行ってしまった。
どうしたら良いものか、と、あっけにとられているヒイロの姿に、隣で座っていたリリーナはクスクスと笑みをもらす。
「どうしました?ヒイロ」
「いや…、カトルは雛飾りの意味を知っているのだろうかと…」
「雛飾りの意味?」
「ああ」
首をかしげるリリーナ。
「わたくしにも教えてくださいますか?とても興味があります」
リリーナの要望に、ヒイロは躊躇する。
雛飾りが表すその意味は、言うはたやすいが……。
「………今、言ったほうがいいか?」
明らかに戸惑っているヒイロ。
「ええ、是非」
にっこりと微笑むリリーナ。
そして、リリーナは気付いていなかったが、その下の段では、耳ダンボで二人の会話を盗み聞きしていた三人官女役三人娘。
「しかし…」
言い渋るヒイロには、下の段では耳をすませている三人がいるということは分かっていた。
下の三人に話を聞かれれば、当然そのまた下の五人ばやし役の五人にも話が伝わるだろう。
五人ばやしにはあのマイクとスピーカー、もしくは拡声器も真っ青なデュオがいる。
あいつに知られたら、あっという間にどんな些細なことでも広がってしまう。
そして、その五人ばやしの下には、一番厄介な奴がいる。
いくら酒に酔っているとは言え、このことがもし聞こえてしまったら…。
「では、小声で教えてください。わたくし、誰にも言いませんから…」
少し、ヒイロの方へ身を乗り出すリリーナ。
その蒼い瞳が悪戯を計画する子供のように、きらきら輝いているように見えるのは、ヒイロの目の錯覚であろうか?

そして、ヒイロは思い出した。
リリーナも、カトルに負けず劣らず好奇心旺盛だということを。
ヒイロは覚悟を決めた。
そっとリリーナの耳元に顔を寄せると、小声で、すばやく何かをささやく。
そのあとには、すこし後悔の表情をしたヒイロと、真っ赤に頬を染めそれでもうれしそうに笑うリリーナの姿があった。
とりあえず、この場を乗り切ってしまえば火の粉の飛ばないうちに奴を黙らせるに限る…。
そう、決心したヒイロだった。









「ところでさぁ、カトル」
撮影も「ハイ、バター(古い…)」と無事(?)終わり、衣装はそのままでお茶の時間となった一同であったが、そんななかデュオがカトルに話しかける。
「なんですか、デュオ?質問は口の中のケーキを食べてしまってからにしてくださいね」
優雅なしぐさで紅茶を飲むカトル。
「あのさ、雛飾りってなんか意味あんの?」
その質問に、ギクッと反応したのはヒイロその人。
そんなヒイロに気が付いていないデュオはさらに話を進める。
「何も意味もなく、こんな飾りするわけないしなぁ。やっぱなんか意味あるんじゃねえのかなぁって思ってさ」
のんきに大きなケーキの塊を口に入れるデュオは、自分の発言がヒイロをどきどきさせているとは露にも思っていない。
ついでに、ヒイロのほかにあの事を知っているリリーナは向こうで他の女性陣と歓談していた。
だから、この話題に振れる事はないと思っていたのだが、そこはヒイロの読みの甘さだった。
「ああ、姉に長い間飾っているとお嫁に行き遅れる…、みたいなことは聞いてますけど。ほかにも意味があるかもしれませんね。何なら、姉に聞いてみましょうか?」
ポケットから携帯電話を出すカトル。
こいつ、確信犯か…。
ヒイロの目に殺気が走る。
「たしか、18番目の姉がJAP地区のこう言う事に詳しかったんで…」
目付きの険しくなったヒイロをみて、「もしかして地雷を踏んだかな?」と、心の中で思いながらも、カトルはダイヤルを押した。
「あ、お姉さん。僕です、そう可愛い弟です。いやだなぁ、ちゃんとお仕事してますよ。はい、はい、大丈夫です。ご心配なく、順調ですよー」
当たり障りのない挨拶が電波のこちらと向こうで交わされている。
「……なんか、ヒイロの奴。妙に殺気立ってねえか?」
「なにかやったのか、デュオ」
「やってねぇよ~、俺」
「もしくはカトルの奴、地雷を踏んだか…」
デュオ、トロワ、五飛の三人は小声で避難体制をとるべきか否かと会話している。
「この前、日本のひな祭りのことお聞きしましたよね。じつは雛飾りの意味を知りたいと友人が言ってて…」
カトルの目が丸くなる。
驚きを隠せない表情だ。
その表情に、デュオたちは、なにか面白い事でも聞き出したのか?と身を乗り出した。
「はい、はい…。ありがとうございます。はい、お姉さんもお元気で」
携帯電話を切ったカトルの顔は、数時間前のあの表情。
何かをたくらんでいる時の顔。
「なんだって?」
デュオが身を乗り出す。
「いやね、この雛祭りってさ……」
「カトル、それ以上言うと……」
ヒイロがどこからか隠し持っていた銃をカトルに向ける。
今、ばれるとやばい人物がいるというのに……。
しかし、そんなヒイロのけん制もカトルのまえには屈するしかなかったらしい。



こうなったら後の祭。





「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいぃいいいいいいっ!!!」





ウィナー家の広間にはデュオ、トロワ、五飛、いつのまにか側に来ていたドロシー、サリィ、マリーメイア、レディ・アンによる、壮大な驚きの叫びがこだました。
これだけの叫びのなか、ミリアルドの意識がまだ真っ白けだったのは不幸中の幸いと……言うのだろうか?
それは、神のみぞ…いや、神もわからないだろう。









そして、後日。
「なにぃぃぃぃぃいいいっ!雛飾りは大昔の『貴族の嫁入り道中』を表しているだとぉぉぉぉぉぉおおおおっ!」
今にも血管ぶちきれそうなミリアルドの叫びが、狭いシャトルの中、真空の宇宙空間に物理法則をみごと無視して遠慮無くこだました。
「おのれ、ヒイロ!」
そう叫ぶミリアルドの目には、『わたしは貴様に可愛いリリーナを嫁入りさせようとは思わんぞ、一生な!!』という意志が、ありありと表れていた。
「ゼクス、シャトルの中で叫んでも、ヒイロには聞こえませんよ。たかが、仮装ごっこじゃないですか。何をそんなにカリカリする必要があるんです?」
シャトルの操縦桿を握り、諭すようなノインの言葉も、今のミリアルドには焼け石に水だった。
「たかが、仮装ごっこ!されど仮装ごっこ!リリーナに手を出そうとする奴には、このわたしが正義の鉄槌を下してやろう!」

正義の鉄槌って、……あんたは五飛かい…。

そう、ノインのため息は物語っていた。
そして、それは火星軌道上に到着するまで延々と繰り返される事になったのである。
苦労するな、ノインも。
誰かが耳元でそう言っているような気がするノインが、今回の一番の貧乏籤だろう。









あの後、カトルの手により、現像された例の写真は、ネガごとヒイロに焼き尽くされることになる。
しかし、一枚だけヒイロの行動を見越した上で別の場所に送られていた。



DEAR リリーナさん

膨れっ面のお内裏さまに、よろしく。 

FROM カトル



その一枚の存在は、ヒイロに知られる事無く、今もドーリアン外務次官のデスクの中に隠されている。





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…………オチなかったな。(汗)
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