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Null(ヌル)=そこに値がなにもないこと。何ら意味を持つ文字ではないことを示す特殊な文字。ここは"0"ですらない半端なものばかり。
Posted by - 2025.08.05,Tue
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Posted by ino(いの) - 2008.09.17,Wed
私が書く文章のワリに、多少暗いです。注意。



「怖い……」



震える声が、部屋の中に響くような気がする。

リリーナはその細い身体を震わせ、ベッドの上の毛布に包まった。



「怖い……」



かすれた呟きが無意識にこぼれる。



八畳ほどの、さほど広くないこの自室でさえ彼女の安心の場にはなることはなかった。



すべてが怖い、何もかも。



世界も、人も。



何もかも。



大切なものも、愛するものも。



ヒイロでさえも……。











部屋の片隅で毛布に包まり、その恐怖に対しリリーナは震えることしか、脅えることしかできなかった。

この閉鎖的空間は、彼女を守ってはくれない。

しかし、不思議と、恐怖による涙は一滴も出てこなかった。

彼女の心は、恐怖によって凍りついていた。





部屋に置かれた書物机の足元に、何気に落ちていた便箋一枚。

仕事場に送りつけられていた、簡単な手紙。

危険なものではないと判断されたのだろう。

リリーナはそれを夜遅く、自宅に帰ってきてから、自室で開封した。



彼女の心を凍らせるには、それだけで十分だった。





『おまえはこの世に必要ない!』





白いその便箋にはたった一言。

ゆがんだ字が、乱雑に書きなぐられていた。





わたくしは、この世に必要ない人間なの?





自分が誰にも必要とされていないという事が、彼女の心を締め付ける。

何もかもが怖い。

そう思えてくる。

あまりにも、痛くて、苦しくて、怖くて、押しつぶされてしまうような気がする。







暗い部屋に、ドアをノックする音が響いた。

その音に、リリーナは身を硬くした。

「リリーナ」

ドアの向こうの、聞きなれた穏やかで低い声。

その声に、リリーナは答えることができなかった。

返事がないのを気にしてか、声の主は少しだけ部屋のドアを開き、中を覗いた。

「リリーナ?」

そして、部屋の中の様子がおかしいと気付き、中に入る。

照明もついていない、薄暗い部屋。

夜だというのに、閉められていないカーテン。

書物机のいすにかけられた、彼女のお気に入りのカーディーガン。

その横の乱れたベッド。

ベッドからずり落ちるように広がる、毛布。

そして、その先でうずくまり震えるリリーナの姿。







「リリーナ、どうした?」

リリーナのその姿に驚き、彼女に近づこうとしたがそれは彼女自身の言葉で止められた。

「…ヒイロ、来ないで…。来ないでください…」

リリーナは、かすれる声でそう告げた。

「どうした?」

彼女のその行動を理解できないヒイロは、戸惑った。

「どうしたんだ?」

ヒイロの問いかけにリリーナは答えられなかった。

ただ震えうずくまり、その菫色の瞳を大きくして彼を見上げるだけ。

「……黙っていては何もわからない…」

ヒイロはそう呟き、一歩踏み出す。

リリーナが、それにビクッと反応したのが分かる。

「……ごめんなさい、ヒイロ……」

ようやく彼女の口から絞り出た言葉は明らかに警戒の色がうかがえる。

「いったい……」

ヒイロはリリーナがおびえる理由を聞こうと口にしようとした言葉を飲み込み、とりあえず自分がここに来た用件を済ませることにした。

「…食事の用意ができたが。…食べられるか?」

リリーナはゆっくりとかぶりをふった。

「そうか。食べられるようになったら声をかけろ」

それだけを言うと、ヒイロはリリーナに背を向けた。

彼女が一人でいることを望んでいるのであれば、そうしておいたほうが良いのだろうと勝手に自分一人で納得しながら。

そして、書物机の足元に落ちている便箋を見つけた。

何か嫌な予感がして、ヒイロはその便箋を拾う。

予感は外れていない。

便箋に書きなぐられた文字が、嫌でも目に入った。

リリーナが何故ここまでおびえているのか、少なくともその原因を知ったような気がした。

心の奥底から、腹ただしい思いが浮かぶのが分かる。

ヒイロはその便箋を、かつて昔リリーナの目の前でパーティーの招待状を破った時と同じように容赦なく、いくつにも引き裂いた。

そのまま、それを力一杯握り潰し、そばにあったゴミ箱に放りこんだ。

そして、もう一度リリーナを見た。

リリーナはヒイロの行動をずっと見ていた。

ヒイロとリリーナの目があった。

沈黙と気まずい雰囲気がその場を流れる。

「…おまえが気にすることじゃない」

しばしの沈黙のあと、ヒイロがおもむろに口を開いた。

「…ヒイロ?」

ヒイロの言葉の意味がリリーナには理解しきれないでいた。

「この世に、必要なく存在するものは何もない」

無表情の言葉、その目は何を語っているのだろう…。

「誰がなんと言おうとも、おまえはこの世界にとってなくてはならない存在だ。おまえが何に対しておびえているのかは理解することはできないが、少なくともあれはおまえが気にすることじゃない」

親指でさっき便箋を破り捨てたゴミ箱を指した。

リリーナは何も言えなかった。

しかしその瞳は、先ほどとはまた違う意味をもってヒイロに向けられた。

ヒイロは、ゆっくりと腰を下ろし彼女の目の高さに自分の目の高さを合わせると、その鍛えられた腕を伸ばし、リリーナの細い身体を引き寄せる。

リリーナは抵抗しなかった。

そのままヒイロはリリーナを抱きしめる。

こうすることで、彼女の苦しみを少しでも理解することができればとでも言うように。

「……俺には、おまえが必要だ。これまでも、今も、これからも」

低く穏やかな、それでいて力強いその声。

リリーナを抱きしめる腕の力が少しだけ強くなる。

「…ヒ…イロ」

リリーナの頬に涙が一筋、流れおちた。

どれだけ悲しくとも、どれだけ切なくとも、どれだけ苦しくとも流れ出ることのなかった涙が堰を切るようあふれる涙を我慢することもできずに、リリーナはヒイロの腕の中で思いきり泣いた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

そう、何度も呟きながら、涙がかれるまで泣きつづけた。

ヒイロは何も言わず、ただ優しく強く、リリーナの身体を包み込んでいた。









どれだけの時間が過ぎたのだろうか、腕の中にいるリリーナの泣く声が途切れたと思い、ヒイロはその腕の力を緩めた。

まだ、少ししゃくりあげていたが落ち着きを取り戻したようだ。

「もう、大丈夫か?」

ヒイロの声が、リリーナの耳元で優しく響く。

リリーナは小さく頷いた。

「…ごめんなさい、ヒイロ」

「なにか、謝らなければいけないことをしたのか?」

「あなたを困らせてしまったでしょう?」

「このくらいのこと、気にするな」

「ありがとう、ヒイロ」

「ああ」

リリーナはヒイロの背に自分の腕を回した。

「怖いの。…何もかもが、怖いの」

ポツリと小さく呟く。

「俺もか?」

ヒイロの問いにリリーナは小さく首を振った。

「いいえ、今は怖くないです。……でも、さっきまでは怖かった」

しっかりと自分を必要だと言ってくれたこの人に触れていたかった。

「なぜかしら…。ヒイロがいてくれるだけで、安心できるの」

さっきまでの震えはもうなかった。

でも、まだ怖いと言う感情はリリーナの中に居残っている。

「……俺は精神安定剤か?」

冗談とも聞こえるその一言に、リリーナは控えめな笑みをもらした。

「ヒイロはわたくしの精神安定剤かもしれませんわね」

リリーナもその冗談を返す。

そのまま、ヒイロの胸に顔をうずめた。

「怖いの。わたくしは何のためにこの世界にいるのだろうと考えてしまうと…」

リリーナは、そこで一度、言葉を口にすることをためらった。

「わたくしは、この世界に必要のない人間ではないのだろうかと、考えてしまいます」

ヒイロには、リリーナのその一言が、やけに部屋に響くような気がした。

「本当はわたくしのやっていることは意味の無いことでしかなくて、わたくしが居なくても世界は平和への道を歩んでいくことができたのではないのかって…」

淡々とした言葉だった。

感情が入ると、また泣き出したくなる。

感情が入ると、また怖くなる。

それを認めてしまうようで。

自分で自分自身を否定してしまうようで。

否定してしまえば、もう元には戻れなくなる…。

否定してしまえば、自分のために命をかけてくれ者たちを否定することになる。

自分のためにここにいてくれる愛しい人を、否定することになる。

それでも、涙はあふれてくる。

実感する。

自分はここにいたい。

必要とされたい。

誰にでもいい。

一人でもいい。

自分を必要とされたい。

誰かのために必要とされる自分でいたい。

「わたくしは、わたくしは……」

溢れる涙をそのままに、言いたいことが声にならない。

ヒイロはそんなリリーナの髪を優しく撫でる。

分かっているとでも言うように。

「……リリーナ」

小声ではあったが、ヒイロの優しく低い声がリリーナの耳に響く。

「この世に、必要のないものなどない」

そして、一息つくと続けた。

「どんなものでも、この世界にあるものには意味がある。お前も、俺も、意味があるからここにいる。意味がないものは、最初から生まれてこない…」

ゆっくりではあるが、重いささやき。

「……今は場違いなものでも、いつかその存在の意味がやってくる。今ではないかもしれない、過去かもしれない、これからの未来かもしれない。だからといって自分を役に立たないと否定する理由にはならない」

「…そう、ですわね」

もう涙は出ない。

かなしみはもう去った。

訪れたのは、安心と幸せ。

「わたくしは、ヒイロを必要としています…」

「俺はリリーナを必要としている」

すんなりと、きっぱり返される返事。

少し恥ずかしいけれど、嬉しい言葉。

少し照れるけれど、一番幸せな言葉。

ゆっくりとリリーナはヒイロから離れた。

そして、その菫の瞳でヒイロの瞳を覗き込んだ。

もう迷いはない。

にっこりと、心から笑うことが出来た。

「愛しています。ヒイロ」

「俺もだ。愛している、リリーナ」

いつもなら、絶対口にしてくれない。

いつもなら、口にしない。

口にしなくとも伝わるから。

この人になら伝わるから。





ヒイロの大きな手のひらがリリーナの頬を包む。

リリーナはゆっくりその瞳を閉じた。

そっと重なり合う唇と想い。







もう、恐くない。



あなたがわたくしを必要としてくれるから。



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これを書いた頃、たくさんの人にご迷惑をおかけしました。
未だ、思い返すたびに申し訳なく思います。

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