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Null(ヌル)=そこに値がなにもないこと。何ら意味を持つ文字ではないことを示す特殊な文字。ここは"0"ですらない半端なものばかり。
Posted by - 2025.08.26,Tue
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Posted by ino(いの) - 2008.09.17,Wed
幸せは、意外と近くにあるものだ。


(3) 窓辺のマリー





季節は春も終わりかけ、初夏の訪れを感じさせる頃。
天高くのぼる白い雲をずっと飽きることなく見上げている少女。
その瞳は何を写しているのだろう?
マリーメイアは、今日も窓辺に座っている。


色素の薄い空色の瞳。
まだ色素の入りきっていない子供特有の紅い髪は、少し伸びた。
白いパジャマにオレンジ色のスリッパ。
車椅子の上で、まだ幼い娘は何を見て、何を考えるのか?


「こんにちわ、マリーメイア」
「……レディ・アンさん」
病室に入ってきたのは、彼女の身元引き受け人であるレディ・アン
レディの手には、淡くやさしい色彩の花と紙袋が二つ。
「お見舞いにきました」
「ありがとうございます」
笑みを浮かべるマリーメイア。
初めて会ったときの印象とは大きく変わってしまった幼子。
「何を、見ていたのですか?」
レディの柔らかい問いかけに、マリーメイアはわずかに肩をすくめながら答えた。
「空を……、見ていました」
子供らしからぬ大人びた答え。
「どうですか、身体の調子は?」
「だいぶ、よくなったと思います。まだ、そんなに動けないけれど、わずかな距離ならちゃんと歩くことも出来るようになりました」
「そうですか、それはよかったですね」
安心したようなレディの言葉と、やさしい微笑み。
「リリーナ様は、お元気ですか?」
「ええ、とても」
いつも彼女がマリーメイアを訪れてくれるたびに聞く。
その胸に罪悪感を感じながら。
「今日は、そのリリーナ様からお預かりしたものをお届けしにきました」
マリーメイアに手渡されたのは先ほどの紙袋が一つ。
口をくるくる丸めてあるその袋は思ったよりも軽い。
「私に?」
レディを見上げるマリーメイアの瞳は、『私が開けてもいいのか?』と問いかける。
その視線に、レディは笑顔で頷き返した。
おずおずと袋の口を開くと、ほのかに甘い香り。
中に入っていたのは、小さなポプリ。
添えられた二つ折りのカードには、彼女の几帳面な字でこう書かれていた。

お庭のバラがとてもきれいに咲いてくれました。
マリーメイアにもおすそ分けしますね。

そして、さいごにこうも付け加えられていた。

わたくしがお花をそのまま花束にするところを、ヒイロがポプリに作り変えてくれました。
そのほうが、長く香りを楽しめるのですって。

彼って、意外と色々知っているのよ。

手術のあと、一度だけリリーナと共に見舞いに来てくれた無口な青年。
「ヒイロさんが、このポプリ作ってくれたみたいです……」
「あのヒイロが………」
嬉しそうにポプリの香りを吸い込むマリーメイアと、その意外さに目を丸くしているのはヒイロという人間を知っているレディ
マリーメイアは、両腕で身体を支えながら車椅子から立ち上がると、ゆっくりと歩いてベッドサイドのテーブルにポプリを置いた。
「ね、歩けるようになったでしょ?」
にっこり。
まれに見せるようになった年相応な笑顔。
それにレディは微笑んで頷き返した。
そして、その手にしていたもうひとつの紙袋を彼女に差し出す。
「そして、これは私から……」
受け取ったマリーメイアが袋をの口を広げ、中身を覗き込む。
中には白っぽい色の布地。
取り出して見ると、それは服だった。
ゆっくりと広げて見れば、淡い桃色の刺繍模様が入った白いワンピース。
シンプルなデザインのそれは、ふわふわと柔らかく、スカートや小さく肩を飾る飾りリボンも、淡い桃色。
マリーメイアはその感触に、ほぅっとため息をついた。
「身体にあわせてみてください。多分、サイズはあっていると思いますが……」
「わたしに?」
そっとそのふわふわした生地をパジャマの上からあわせてみる。
身体にあわせたまま胴回りなどを見比べてみた。
「大丈夫そうですね。その色なら、あなたに似合いそうだと思いました」
レディの言葉に、はっとしたようにマリーメイアは彼女を見上げた。
「わたしが着てもいいのですか?」
「もちろん。あなたのために、選んできました」
”マリーメイアのために……”
かつて、自分の祖父だと名乗る人物が自分に繰り返していた言葉。
その言葉に、わずかに反応するマリーメイアを、レディは見逃さなかった。
選ぶ言葉を間違ったか…?
レディは己の言動を後悔する。
しかし、マリーメイアはレディの心配とは違うところで反応したようだった。
「わたしの、ために……?」
信じられないとでも言うような面持ちで、ワンピースとレディを交互に見る。
「わたしの為の……」
そして、恐る恐る、ゆっくりと、手にしたワンピースを抱きしめた。
「…………嬉しい」
小さなつぶやき。
「わたし、今まで、こういうものをいただいたことがないのです」
母レイアが死に、物心付いた頃には、すでにデキムによる英才教育がはじまっており、その為に必要ないものは、一切を彼女に与えられることはなかった。
まだ、幼い子供だったのに。
他の子供なら与えられていたはずであろう物が、彼女に与えられることはなかったのだ。
退屈を紛らわせてくれる絵本も、ぎゅっと抱きしめたくなるような人形も、心を満たしてくれる愛らしい服も。
家族の、心からの愛情でさえも。
今、レディの目の前にいるまだ年端もいかない子供は、初めて潤いを与えてもらった花のように生き生きと瞳を輝かせていた。
「ありがとうございます。とても、嬉しい……」
大きな瞳に涙をためて、マリーメイアはレディを見上げた。
トレーズの忘れ形見。
自分が心から愛した男の娘が、今目の前にいる。
あの人が、我が娘の境遇を知ったら、どれだけ心を痛めただろう。
「退院したら、トレーズ閣下……いえ、あなたのお父様にその服を着たところを、見せてあげてください」
「いいのですか?」
「ええ、あなたのお父様ですよ。お会いしたくないのですか?」
意外そうなマリーメイアの様子に、レディは首をかしげた。
「会いたいけれど……、だって、わたしは……、お父様に……」
自分が主導した反乱のことを言っているのだろう。
だが、この娘は、大人に利用され、手のひらで踊らされただけなのだ。
「今、あなたがすべきことは、あなたのお父様に、あなたが元気でいるという姿をお見せすることだと、私は思いますよ」
レディは微笑んだ。
「わたしは、お父様に、謝りたいのです。わたしはひどいことをしてしまった……」
まだ小さな子供に、大人びた考えをさせてしまうとは。
なんと皮肉なことだろう。
「ええ、あなたのお父様は、きっと許してくださいますよ」
彼女の目線に、自分の目線を合わせる。
ずっとトレーズのそばで使えてきた自分だ。
きっと、あの人はこの娘を許しただろう。
そして、あの計り知れないほどの大きな愛情で、彼女を包み込んだだろうか。
ああ、自分が、この娘の母であったらどれだけ良かっただろうか……。
自分の与えられる愛情のすべてを、この娘にかたむけることが出来たら……。
心のそこから、レディはそう願った。
その言葉に、ようやくマリーメイアの顔に笑顔が浮かんだ。
「この服、早速着てみてもいいですか?」
はしゃいだ声。
「ええ、お手伝いしましょう」
マリーメイアはパジャマのボタンをはずし上着を脱ぐと、がばっとワンピースを頭からかぶる。
やわらかい布地の感触が、肌に心地良い。
マリーメイアが袖に腕を通したのを見計らって、レディが肩にある桃色の飾り紐を結ぶ。
その間に、パジャマのズボンを脱ぎ、一緒に入っていた赤い靴下を履いた。
きちんと身体にあわせてなでつけ、ベルトの代わりをしているリボンを背の腰元に結んでもらうと、どこから見てもかわいい女の子の出来上がり。
まだ幼いが、きっと将来はとても美しい女性になるだろう。
レディには、そんな確信があった。
「とってもよく似合っていますよ」
レディの賛辞の言葉に、マリーメイアは頬を染め、はにかむような笑みを浮かべると、くる~りと一回転したあと、優雅に一礼した。
初めて着る服、初めて受ける心からの賛辞。
嬉しかった。
だが、その喜びを表現する術をマリーメイアは知らなかった。
だから、心を込めて、レディに一礼を返した。
それに対し、レディは柔らかな微笑みと拍手。
窓からみえる残春の優しい日差しと空に、マリーメイアの赤い髪と白いワンピースがよく映えている。
「わたし、早く良くなりたい。早く良くなって、お父様の所に行きたい」
しっかりとした口調で、マリーメイアは言葉を選ぶ。
「ごめんなさいって、わたしは今とてもしあわせですって、そう言いたいの」
「ええ、行きましょう」
「約束!」
「ええ、約束」
小指と小指を結んで、指きりげんまん。
「レディさん」
結んだ小指を離し、マリーメイアはレディを見上げた。
レディは、マリーメイアに目線を合わせた。
にっこり微笑んだマリーメイアは、明るい声で、こう言った。
「わたしのこと、『マリー』って呼んでくれますか?」
彼女の愛称ということだろうか?
「『マリーメイア』って、長いし、なんだか他人みたいな感じがします、レディさんには、『マリー』って呼んでもらいたいの」
そのほうが、近しい人って感じがするでしょう?と、付け加える。
「あなたのお望みのままに、マリー」
レディは、マリーメイアの赤い髪を、優しく撫でた。






幸せは、意外と近くにあるものだ。






The Following Happiness is followed →






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お次は、 マリーメイアとレディ・アン+α でした~。
多くは語りません…………捏造しすぎて語れません(オイオイオイオイ)
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