Null(ヌル)=そこに値がなにもないこと。何ら意味を持つ文字ではないことを示す特殊な文字。ここは"0"ですらない半端なものばかり。
Posted by ino(いの) - 2008.08.04,Mon
その日、ザールブルグは城下町をあげての大騒ぎになっていた。
主要の大通りは城使兵の手によって通行規制がしかれ、妖精の木のある広場を中心に観客席が整備されつつある。
街をぐるっと取り囲む城壁の上や外では、普段見慣れない職種の人間があっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
この二人も、それに漏れず、城壁の上に居た。
「うっわ~!!相変わらず、ここって見晴らしいいわよね~!!」
城壁の手すりにつかまって、遥か向こうに見えるエアフォルクの塔のある方向を見ているのは、巷で有名な爆弾娘マルローネ。
「はしゃぎすぎて、落ちないでくださいよ、マルローネさん」
「わかってるわよ~、子供じゃないんだから」
「どうでしょうかね?」
「いちいちうるさいわね~、もうっ」
「はいはい、さっさと準備進めますよ」
「は~い」
クライスは背中に大きな筒が数本入ったかごを背負っていた。
「ここでいいですか?」
「あ、OKOK」
マリーも肩から提げていたバックをごそごそとひっくり返すと、大きな塊を取り出した。
「今年はマルローネスペシャルバージョン……え~と、いくつだったっけ?」
「去年バージョン5だと言ってましたけど」
「そうそう、今年はバージョン6と言いたいところなんだけど、カスターニェでバージョン6は披露してるんだよね~」
えっへんと、胸を張って掲げるそれは、はっきり言って彼女が得意として取り扱う物騒なものとよく似ている。
それを、人は尺球と呼んでいた。
つまり、花火のことである。
「バージョンはどうでもいいですから、さっさと準備しましょう。まだまだ設置するものはたくさんあるんですから」
「あんたって、ほんと感動のないやつね~」
「感動もいいですけど、時間も大切です」
「は~い」
クライスが立てていく筒の中に、マルローネスペシャルと名称された物体が入れ込まれ、麻で作った細い紐を引き出す。
「あんたのは?」
「今年は出しませんよ」
「え~、なんで?」
「今年は、火薬系の作品を出展する学生が多いんです。全員の作品を出していたら、時間がいくらあっても足りませんよ」
「そっか、そういえば、アカデミーのトリオも今年は出すって言ってたかな?」
マリーの言う"アカデミーのトリオ"というのは、エルフィールことエリー、アイゼル、ノルディスの3人のことだ。
ひっくるめてトリオ扱いするのもどうでしょうかね?と、あえて口には出さないが、その大雑把さにため息をつきたくなるクライスだった。
「ねぇ、でも、あんたこれ用に作ってなかったっけ?」
「だから、結果的に出品した作品の数が多くなったんで、辞退させていただいたんですよ」
「せっかく作ったのに、もったいなぁい」
「爆弾としても、十分に使えるものですから、こんどあなたの護衛で出るときにでも使いますよ」
「うわ~、派手なことになりそうな爆弾ねぇ」
夜空に打ち上げてこそ映える花火も、爆弾として使われた日には、浮かばれそうもない。
「おや、あなたのテラフラムには負けますよ」
「あ、テラフラムねぇ、またちょっと改良してみたんだぁ」
「あれ以上威力上げてどうするんですか」
「うっさいわねぇ、一撃必殺よ」
「あなたが、爆弾娘の異名を返上できない理由は、そこでしょうね」
「ホント、一言多いわよ、あんた」
「それは失礼」
傍から聞いて色気も何もないが、それでも、多分仲が良いなとは思えるであろうやり取り。
「それに、今年はイングリド先生とヘルミーナ先生のお二方がなにやら張り合っているようですしね」
「イングリド先生たちが?」
「宿命の対決再び、とかなんとか……、エルフィールさんたち、かなり怖がってましたけどね」
「そりゃ、周りに被害が及ばないことを祈るわ……」
あの二人の戦いに巻き込まれたら最後、それを乗り切ることが出来るのは世界広しと言えど王室騎士隊の寡黙な隊長か、あの二人の師匠だった女性か?
さぞかし壮絶な宿命の対決になるだろう。
「お~い、そこの二人さ~ん、そろそろ切り上げられるかしら?」
「あ、シア」
城壁の下に広がる広場から、二人を見上げるようにして、蜂蜜色の髪の女性が手を振っている。
「ちょっとまってて~。もうすぐだから~!」
マリーも手を振りそう叫ぶと、慌てて準備の手を進めだした。
城壁から降りてきた二人を待っていたシアは、大きなバスケットを抱えていた。
「お待たせ~!」
「ずいぶん待たされたわ~」
駆け寄ってくるマリーに、にっこり微笑むシア。
「お茶にしない?エリーちゃんたちも呼んでいるのよ。ここでピクニックというのもいいでしょう?」
「あれ、エリーたちも呼んでるんだ。だから、こんなに大荷物なんだ」
「お持ちしますよ」
周りをきょろきょろと見回すマリーに、シアのもっているバスケットを引き受けるクライス。
「なぁに、クライス、やけにシアには優しいじゃない」
うりうりとひじでクライスを突っつくマリーに、わずかに眉をしかめたクライス。
「あなたにこんなことをしても、バカにするなと怒るか、もしくは笑い飛ばされるだけですからね。無駄なことはしないことにしてるんですよ」
「あら、クライスも達観したわね」
「シアぁ~……」
笑っているシアに、ジト目のマリー。
「シアさぁ~ん!」
「あ、来た来た」
呼ばれた方向へ顔を向けると、両手を振って駆け寄ってくるオレンジ色の女の子。
「あ、マルローネさんも!!」
人懐っこい子犬のような満面の笑みを浮かべて、エリーは思いっきり走ってきた。
「……はぁ、はぁ、こんにちわ~、シアさん、マルローネさん、キュール先生」
「はい、こんにちわ、エリーちゃん、時間通りね」
息を整えながら、ぺこりと挨拶するエリー。
「キュール先生だって~」
「私もアカデミーで講師をする時だってあるんです。別にそう呼ばれてもおかしくないでしょうに」
いちいち絡まないでくださいよ、とクライス。
「あとの2人はどうしたの?」
「アイゼルとノルディスは、もうすぐ来ると思います。私だけ走ってきたの」
まるで可愛い子犬のようなエリーに、見ているこっちも笑顔になる。
「今年はエリーちゃんたちも花火を出展したんですってね。楽しみにしてるわ」
「え、あ、はいっ。ありがとうございます!」
ぺこりと一礼。
そんなとき、残りのアイゼルとノルディスがようやく追いついてきた。
「はぁ、はぁ、エ、エリー、あなた、足速すぎ……」
「………ぜ、全速力で…マラソンでも、やってるような気分だったよ……」
息も絶え絶えに、両肩で息をしている2人。
「おやおや、大丈夫ですか、2人とも」
クライスの気遣いに、二人は慌てて姿勢を正すと、ありがとうございますと一礼した。
「ん~、ダグラスはもっと早いよ。私、いつも追いつけないもん」
「門番は聖騎士よ、鍛えてるんだから早くて当たり前っ!」
「あ、そっか~。そうだよね、ダグラス鍛えてるもんね」
エリーの天然ボケに、アイゼルの突っ込み。
ちなみに、走り比べでもしたのか?という突っ込みは、するだけ無駄だろう。
採取でザールブルグから離れるときは、いつも一緒の二人だ。
説明を求めると、事例がざっくざっくと出てきそうだ。
とりあえず、採取先への道中、そういうこともあるかもしれない……としておこう。
「ところで、あんたたちの花火、どんなデザインにしたの?」
シアの持ってきたバスケットをひろげながらマルローネは、3人に聞いてくる。
「僕とアイゼルは、いっしょに仕掛け花火なんです。火薬系はそんなに得意じゃないんで、それだけで精一杯で」
「テーマは花嫁のブーケなんです」
シアが茶請けのフルーツケーキを取り分けて居るのを手伝っていたノルディスがまず答え、その横のアイゼルが補足。
「へぇ、仕掛け花火で花嫁のブーケかぁ、素敵なアイディアね、2人とも」
「あ、シアさんの結婚式のときのブーケ?」
「そう、あんたが取り落としちゃったあのブーケ」
「ああ、あのマリーが要らないって言ったあのブーケね」
「エ、エリーは?あんたは火薬系、平気よね」
話の雲行きをヤバイと踏んだのか、慌てて話題をエリーに振るマリー。
ノルディスとアイゼルのアイディアに、シアと一緒に感心していたエリーは、はっと気がついたように慌てて説明しだした。
「私は打ち上げです。え~と、燃える砂に色をつけて、白っぽい小さな粒をいっぱいす~って出せるようにしてみたんです。小さな玉をいっぱい作ってまとめたんで、ちょっと玉が大きくなっちゃったけど……」
「デザインのテーマは?」
「蛍を表現できたらいいかな~と」
自分の故郷でいつもこの時期いっぱい飛んでいた蛍。
ザールブルグでも蛍を見られないことはないが、ロブソン村で見る蛍の居る景色は絶景だ。
「へぇ、いいじゃない」
「エリーにしてみれば、いいアイディアね」
それを聞いていたノルディスとアイゼルが感心している。
「マルローネさんにも、この3人ほどのセンスがあってくれれば、少なくとも毎年同じようなデザインで済ませるということもないでしょうにね」
「うるさいわねぇ、あたしにだって、少しくらいセンスあるわよ」
「あなたの"少し"はどのくらいの少しですかね?」
「標準の少しよっ!」
「ほう、それは失礼」
「あ、その目は信じてないっ!」
「それはあなたの気のせいでしょう」
「気のせいじゃな~いっ!」
いきなりはじまったマリーとクライスのやり取りを目にして唖然とする3人に、すでに紅茶を味わっていたシアがこそっと耳打ちした。
「気にしないで。ケンカしてるように見えて、この2人ちゃっかりいちゃついてんだから」
あとは、顔を見合わせ、苦笑を浮かべる3人がいるばかり。
夕日が地平線の向こうに沈み、そろそろ薄闇がザールブルグに訪れるころ、広場の観客席は人で埋まり始め、あちこちでちらほらと小さな魔法で作られた光が動き始めた。
毎年恒例アカデミー主催・納涼花火大会の幕開けだ。
いつもは明々と灯る街の灯りもすっかり消され、城の空高く最初の2発が広がる。
事前に配られているプログラムを見れば、イングリドとヘルミーナの競作。
さすが宿命の対決と周りが言うだけの事はあり、勝敗つけがたい鮮やかな発色と広がり。
観客の歓声が、一気に沸き起こる。
そして、順番にアカデミー生徒の作品が打ち上げられ始めた。
暗い夜空に広がる火薬の煌きは、見るものを魅了し、感動させる。
一番最初のものに比べれば、多少の見劣りがあるものの、人々の目を楽しませるには十分なものばかり。
ノルディスとアイゼルの仕掛け花火も、きれいなブーケを城壁に描き出したし、エリーの蛍も人々の歓声をさらった。
そして、昼間自分たちが花火を設置した場所あたりから、ヒュウッと花火を打ち上げるとき特有の音を夜空に響かせ、それは一気に打ち上げられた。
数個の玉を時間差で打ち上げ、白く舞い散る光とその中でふわりと輝く小さな星が夜空に広がる。
それは夜空に広がる花吹雪と白い花畑。
空を見上げたもの皆が、ほぅと感嘆のため息をついた。
それはマリーの花火。
「あたしのテーマはホッフェンの花」
空に残る自作の名残を見上げながら、マリーは説明した。
「ずっと前にさ、採取に行く途中、街道でホッフェンの花が群生してたところを見つけたんだ。そのとき一緒に居たミューが、思い出の花って言ってたしね、あのすっごく綺麗な花を表現できたらいいなぁって、ずっと試行錯誤してたのよ」
結果としてはエリーとデザインかぶっちゃったけどね、と首をすくめて付け加えた。
クライスは認識を改める必要があった。
マルローネスペシャルと言うものだから、いつもの爆弾のノリで作ったものだと思っていたが、違ったのだ。
「プログラム、よく見てよ。どこにもマルローネスペシャルなんて書いてないでしょ?」
そう言われ慌てて手にあった学生用のプログラムを見れば、彼女の出展は『愛しき思い出』と題されていた。
「愛しき、思い出……ですか」
思い出が、ホッフェンの花……。
「この前カスターニェに行ったときミューに会ってさ、試作品を見てもらったの。それに改良を重ねてできたのがこれってことよ」
それで、と合点がいった。
「ミューだけじゃない、あの花を思い出にしてる人、結構居るんじゃないかなって思ったんだ。だって、香水になるくらいだもん」
目を閉じれば思い出す。
あの白い小さな花が一面に咲いたあの景色を。
「……あなたにも、女性らしい感覚があったんですね」
「……何気にカッチ~ンときたんだけど……」
「褒めてるんですよ」
「うそだぁ」
「こんなことでうそをついてどうするんですか」
「だって、クライス、いつだってあたしの作るものの欠点言うばっかりで、ほとんど褒めてくれないじゃない」
「私だって賞賛するときはちゃんとしますよ」
「そう?」
「信用してくれないんですか?」
「そうね、昼間のお返し」
「まだ、根にもってるんですか……」
やれやれと肩をすくめるクライス。
「あまり、こんな言い方はしたくないですけどね……」
少し伏せ目がちに、言葉を選びながら。
「私のものは、あなたをイメージして調合しました。でも、今、作り直す必要があるなと思いました。出さなくて良かった……」
自分の調合した花火を、出展しなくて良かった。
自分が不完全なイメージから作り出したものを、この人に見せたくない。
そんなことは、自分のプライドが許さない。
「私のあなたに対するイメージに、この花火のような要素が入っていませんでした」
自嘲気味に、私はあなたの一部を見て、全てを見たつもりになっていたということでしょうね、と付け加えて。
夜空には、次々と打ち上げられる色とりどりの鮮やかな花火。
そして、夜目でもはっきりとわかるくらいに、真っ赤になったマリー。
そんな彼女の様子に、満足そうに笑みを浮かべると、
「完成したものは、へーベル湖にでも行ったときにでも打ち上げることにしましょう」
あなたのために、と耳元でささやく。
それに対する、マリーの返事はたった一言。
いたってシンプルだった。
クライスはこう付け加えた。
「あなたに、"YES"と言わせるのも、私の実力のうちでしょうかね?」
"うん"も実力のうち。
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エ~、どちら様もおあとがよろしい…………え、よろしくない?
こういうしょうもないこじつけだけはいくらでも思いつくんだよな~。
こういう能力を、もっと違う方向に活かせたら……。(遠い目)
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