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Null(ヌル)=そこに値がなにもないこと。何ら意味を持つ文字ではないことを示す特殊な文字。ここは"0"ですらない半端なものばかり。
Posted by - 2025.08.26,Tue
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Posted by ino(いの) - 2008.09.17,Wed
幸せは、意外と近くにあるものだ。


(4) DEAR MY LADY





毎日毎日、目の回るような忙しさ。

スケジュールは秒単位。

睡眠時間は移動時間、食事時間はいつも誰かと会食で。

外から戻れば書類の山が格闘相手。



忙しい、忙しい。

時間が経つのが早すぎる。



なのに、あの人はいつでも笑っている。






今では珍しい木製のドアが開く音に、カトルは慣れているのか、顔を上げない。
「えーと、ラシード、この書類は急いで経理に回してくれる?あ、これも経理行きかな?うわ、やば、まだチェックしてないや、次の予定までに片付けられるかな……」
積み重ねられた書類の束は、まるで机一面に張り巡らされた分厚い壁のよう。
「あなたの言う経理とやらは、この下の階の経理部でよいのかしら?」
壁の一部から差し出されていた書類を受け取ったのは、若い女性の声。
「えっ?」
慌てて顔を上げると、先ほど自分が突き出した書類をチェックしている、ラベンダー色のすっきりしたワンピースを着た女性。
「珍しいですわね、あなたが私の気配を間違えるなんて」
口の端に、笑みを浮かべ書類をめくっている。
「やあ、ドロシー。ごめんね、てっきりラシードだと思って……」
申し訳なさそうに、肩をすくめるカトル。
「いいですわよ、気にしないで。じゃぁ、これ、経理に届けてきますわね」
書類の束をひらひら、ドロシーは入ってきたばかりのドアをまた開いた。
「あ、いや、ダメだよ、そんなこと、君にさせられないよ!」
慌てて、カトルはドロシーを止めようと立ち上がる。
が、よっぽど慌てたらしい、立ち上がったとたんに、座っていたイスに足を取られた。

ドスン、ガタン!

幸い、床に敷かれた絨毯でこけたショックはたいしたことはなかったが、ドロシーを立ち止まらせるには十分だった。
「カトル?!」
「いったぁ……」
慌てて、机の向こうに行ってみれば、革張りのイスの下敷きになっているカトル。
「カトル、大丈夫ですの?!」
「う~ん、失敗失敗」
よっこいせとカトルが身を起こせば、彼の上にあったイスがガタンと大きな音を立てて壁にぶつかった。
「あはは、なんか恥ずかしいところを見せちゃったねぇ」
照れくさそうに笑ってみる。
「カトル、あなたねぇ……」
呆れたドロシーがカトルに手を差し出し、彼が立ち上がるのを手伝った。
「ありがとう、ドロシー」
ニッコリ。
彼の笑顔が、マグアナックたちに 『天使の笑顔』 と言われているのもわかるような、そうでないような。
少なくとも、この笑顔でごまかされる私ではありませんことよ、とドロシーはカトルを見る。
「あなたらしくもありませんわね。こんな失敗をするなんて」
先ほどイスに足を取られたことを言っているのだろう。
カトルは、その問題のイスを起こしている。
「そうかな~、結構僕、こういう失敗してるよ?」
相変わらず、ニコニコとしているカトルに、ドロシーは一抹の苛立ちを感じていた。
「ドロシー?」
その特徴的な眉を潜めているドロシーに、カトルは首を傾げる。
「カトル、あなたお疲れではなくって?」
「そうかな~?結構元気だと思うんだけどなぁ」
「では、ちゃんとお休み取っていますの?」
ドロシーはきつい口調で、さらに問いかけた。
「ちゃんと取ってるよ」
それにやはり笑顔で返すカトル。
どうやら最初の質問を間違えたようだ。
「では、質問を変えますわ。昨夜は何時にお休みになりましたの?」
「う~んと、3時にはベッドに入ってた、かな?」
「今日は何時にお目覚めになって?」
「今日は、朝早くからコロニー開発関係者と朝食をご一緒する約束があったから、5時過ぎ」
「休憩時間は?」
「忙しかったからね~。今日はとってないなぁ」
どんどんドロシーの目つきが険しくなっていくことに、カトルは気がついているのだろうか。
「では、最後に休暇をとったのはいつかしら?」
「う~んと、いつだっけ?」
「ほらごらんなさいな。覚えてないくらいにお休みを取っていないじゃない」
こんな簡単な誘導尋問に引っかかるなんて。
よほど疲れているに違いない。
「ん~っと……」
「私の記憶が正しければ、最後にお休みを取ったのは、一ヶ月前ですわよ」
必死に思い出そうとしているカトルに、ドロシーは事実を突きつけた。
「あれ、そうだっけ?そんなに以前のことだったかな?」
ドロシーは仁王立ちになると、ビシッとカトルに指を突きつけた。
「そうですわっ、一ヶ月前に、私と夕食をご一緒した日だけですわ」
なかなか、迫力あるその姿に、思わずカトルはたじろいでしまう。
「では、最後の質問ですわ。この後の予定は頭に入っていますの?」
「えっと、誰かと会うって……」
決定打。
そんなカトルののーてんきな言葉が、ドロシーの神経をさらに逆撫ですることになった。
「あなた、ちゃんと頭動いてますの?!」
「う、動いてると、思うけど……」
「では、先ほど私をラシードと間違えたことといい、イスから転げ落ちたことといい、どう説明しますの?」
「いや、だから、よくする失敗だって……」
「注力散漫!」
ビシッと突きつけた指は相変わらず、迫力は2割増し。(当社比)
「あなただって元エージェントの端くれでしょう、まったくたるんでますわっ!」
「たるんでるって言われても、ねぇ……(^^;」
「たるんでなければ、こんな些細な失敗しないでしょうに」
両腕を胸元で組み、あの特徴的な眉毛を吊り上げて、そっぽ向いた。
明らかにお怒りかな?
それとも呆れているのかな?
そんなドロシーを見ながら、カトルはぼんやりそんなことを考えてみたり。
「心配してくれてありがとう、ドロシー。でも、僕は大丈夫だよ?」
せっかく来てくれた彼女の、気分を損ねたくはない。
カトルはそんな彼女の顔を覗き込む。
「ね?」
笑ってみせると、彼女の表情がわずかに変わった。
どこか拗ねたような、そんな表情。
「せっかく、気分転換にと思って一ヶ月も前から予定をねじ込んでたのに、そのことすら気付いてもくれないなんて……」
ポツリとつぶやかれた言葉に、カトルは驚く。
「えっ、予定をねじ込んだ?」
「そうよ!一ヶ月前に、ラシードに頼んで、あなたの予定にお休み入れてもらってたのよ!」
意外な彼女の発言内容に、カトルは慌てて今日の分として渡されていたタイムスケジュール表を引っ張り出してみると、この後の時間枠に 『ミス.カタロニア嬢と』 とだけ書かれ、あとはきれいな空白。
彼女に指摘されるまで、全然気がつかなかった。
日ごろ、彼にとってタイムスケジュール表に目を通すという行為があまり意味を成していないということがありありとわかる。
「……ほんとだ…、でも、なんで?」
「なんでって、あなたいつも忙しすぎて全然お休みを取れないんですもの。自分からお休みを取ろうともしないし」
彼女の意外な側面を見るような、そんな気分。
「しかも、あなたときたら、私と過ごす時間も忘れてるでしょ?」
耳が痛い。
「だから、予定として入れておけば、少しでも一緒にすごせるし、休憩できる時間がちゃんと取れると思ったのよ……なのに」
「…………」
言葉が出ない。
いつでも、皆の前では強気で凛としている彼女が。
自分の前ではこんな女の子らしい一面を見せてくれることが、カトルには嬉しかった。
自然に、頬が緩んでくる。
なんて幸せなんだろう!と、大声で叫んでみたい気分だ。
ただ、そんなことを行動に移したら最後、この意地っ張りな女性は、一生そんな可愛い一面を見せてくれなくなるだろう。
だから、思いを込めて、ただ一言。
「ありがとう、ドロシー」
心から、ニッコリ笑ってみせる。
彼女だけに向ける最高級の微笑みを。
その笑顔に、つられてドロシーもしょうがないわねと笑みを浮かべた。
「もう、忘れないでね」
上目遣いに、普段の自分なら、絶対にしないしぐさで、ドロシーもカトルに微笑んだ。
「忘れない、絶対に忘れないよ。なんなら、この花に誓おうか?」
机の上一輪差しに飾られている、淡い色のアイリス。
一輪差しから抜き取ると、ドロシーに差し出した。
花言葉は 『あなたを大切にします』
カトルが、そのことを知って言っているのかは、わからないけれど。
カトルの手から、ドロシーはアイリスを受け取った。
「あなたに、そんなキザなセリフは似合いませんわよ」
そう付け加えて。
「そうだね~。僕も花に誓うのはこれで二度目」
一度目は戦場となってしまった地で。
あのときの誓いとは、まったく違うものだけれども。
「あ~、なんかこれからお休みって気がついたら、気が抜けちゃったよ」
大きく背伸びして、身体の縮こまりを伸ばす。
「じゃぁ、今までの分も兼ねて、今からどうしようか?」
わずかな時間ではあるけれど、それでも、2人一緒に居られる時間がある。
「一緒に居られるなら、それだけで十分よ」
「それ、僕のセリフなんだけど……」
「あら、そうかしら?」
クスクスと、お互いに笑みを交わす。
「じゃぁ、お昼までは、のんびりして、午後から遊びに行こう!デュオから色々オススメの場所があるって聞いてるんだ」
「お昼ご飯は、いつものカフェで?」
「うん、いいね」
ドロシーは、手にしたアイリスを一輪差しに戻す。
花は、それにふさわしい場所に、と。
「じゃぁ、それまでの間、少しお話しましょう?」






そんな5月のある日。






幸せは、意外と近くにあるものだ。






The Following Happiness is followed →



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お次は、 ドロシーとカトル でした~。
結構カトルが花に誓うあのシーン、好きだったりします。(笑)

ちなみに、キャスターつきのイスでこけるのは、小森の得意技です。(←オイ)
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